人生に関わる移民申請はDIYかプロに任せるか 知識豊富な素人とプロの差

移民コンサルタントのサービスを利用する理由は何か。

“ビザ・移民申請は専門家の知識と経験を必要とする重大な事柄であり、申請にミスがあれば、プロセスの遅れや申請拒否、またそれによって時間もコストもさらに掛かる結果になりかねないから “

このサイトでも例に漏れずFAQにこのようなくだりを書いてはいるが、多くの移民コンサルタントのサイト(英 or 仏語)でも同じような記述はよく見られる。これは妥当な回答ではあるが、申請に代理人を雇うかどうか、迷っているクライアントにはもう一捻り必要かもしれない。

テクノロジーの進化により、誰でも、どんなテーマでもネット上を探せば学べるこの時代、ビザ申請の情報についてもネット上に溢れているし、特定の申請に詳しい一般の人も多くいる。

では、我々プロと、知識豊富な素人の違いは何なのだろうか。

 

▼目次

  1. 決定的な違い
  2. 理論ベースの知識
  3. 経験&ネットワークベースの知識
  4. オフィサー
  5. 結論

決定的な違い

これは、何をもとに「情報」を収集、分析、処理を行うかという点にある。

次の表は素人(一般申請者、無資格業者など)と有資格者(移民コンサルタント、移民弁護士)がそれぞれ扱う情報を、理論ベース経験ベースネットワークベースという観点から比較したものである。

比較表に、申請を第一線で処理するIRCC/CBSAオフィサーを加えたのは、ちょっとしたエクストラだと思って欲しい。後半、これに関して一般にはあまり知られていないサプライズを記述する。

 

情報(知識) 理論ベース 経験ベース ネットワークベース
素人
・一般申請者
・無資格業者など
Δ or  (やや限定的) Δ or 
有資格代理人
・移民コンサルタント
・移民弁護士
オフィサー
(IRCC/CBSA)
Δ ?

 

理論ベースの知識が決定的な違い

ここでいう理論とは、まずは1000ページを越える移民法と規約の条項である。

これは移民に関する問題を扱う上で、最も権限が強い土台の部分である。次に移民局のウェブサイトに記載の情報、オフィサー用のマニュアルなどがあるが、これらに掲載される内容は先の移民法がベースになっており、移民法と矛盾するルールやポリシーは存在しない。

ところで、ビザ・移民申請において取り決めらている事柄、要件、そしてありとあらゆる決定には法的根拠がある。

eTAの申請が降りるかどうかに始まり、アメリカ国境でポストグラジュエーション・ワークパーミットを適切に発行してもらえるかどうか、あるいは永住権申請が許可されるか却下されるかまで、なぜそうなるか、またそうならないかは「移民法の25条1項」といった形で必ず根拠となる条項があるのだ。

有資格者はこれを把握し、これをベースに各ケースを分析し、可能な限りの障害を避けるような申請を行う。また、申請拒否されるリスクの高い申請者にはそれを事前に認知させ、プランBが提案できる場合もある。

一方で、一般申請者の理論ベースは特定の申請に関わる(と申請者が考える)移民局のウェブページ程度である。移民局が審査において適用する基準は、全て申請ガイドに書いてあるかといえば決してそんなことはないため、あらゆるリスクを回避した申請は非常に難しい。

各移民プログラムの概要ページにある、”Minimum requirement”や”You may be eligible…”とはよく言ったものだ。

 

経験&ネットワークベースの知識

残りの二つは同時に見ていきたい。

有資格者かどうかに関わらず、ある申請における実例を多く知ることは有益であることは間違いない。

ある申請について多くの実例を知っている一般の人は、同じ民族や宗教の申請者をサポートする正式なチャリティグループなどから、アンオフィシャルなネット上のサポートグループ、掲示板、ブログまで幅広く存在する。申請者本人は自身の経験だけでなく、こういったネットワークから他者の経験についての知識が得られる。

これはすなわち「ある行動を取り、ある結果に至った」という、実験によって得られたデータのようなものである。繰り返しになるが、これはプロでも独自のネットワークから積極的に収集し、知識として仕事に活かしている。
しかし多くの場合、ノンプロは理論(=法的根拠)をもとに情報を分析、処理しないため、なぜある決定が下されるかが深いレベルで分からない。また、その答えを想像に頼るしか手段がない。

例えていえば、方程式の解き方が知らず、xに当てはまりそうな数字をなんとなく順番に当てはめながら正解に辿り着くような感覚だ。

成功例に習って同じような申請を作るよう試みることはできる。しかし、同じ申請カテゴリーでも個々のケースは千差万別で、婚姻状況、家族構成、子供の人数、健康状態、職歴など二つと同じケースは存在しないため、単純に他人の例に習うことが好ましい結果を生むとは限らない。

理論を伴わない、経験とネットワークをベースにした知識は一人立ちが難しい。

一方で有資格者、とりわけ移民コンサルタントに限って言えば、一人のコンサルタントがサポートしたクライアントの数が、必ずしもそのコンサルタントの経験値ではない。どの移民コンサルタントも通常、他の移民コンサルタントやまた関連団体との独自のネットワークを広く持っている。このため我々が持つデータ数はただ多いだけでなく、すでに別のプロによって分析、処理された信頼できるデータということになる。

ちなみに我々が行う申請は、厳格に理論に照らし合わせて行えば、本来確実に思い通りの結果に繋げることができるはずで、極端な話をすれば上記の”実験データ”すら必要ないはずである。しかし実際我々は、理論をもとにアドバイスや代理申請を行い、”実験データ”の部分は微調整に使う。なぜこうしなければならないのか。これに関わってくるのが非常に厄介なオフィサーと呼ばれる人達である。

 

オフィサー

移民法の法文では、移民局(IRCC)のオフィサーと入国管理局(CBSA)のオフィサーは基本的に区別されず、単にofficerとされ、どちらも申請者を審査し決定を下す役人である。

ここで、仰天の事実をシェアしたいと思う。

オフィサーにはリーガルバックグラウンドはない。

オフィサーは公務員であり、オフィサーになるために求められる学歴は高校卒業である。彼らに幅広い移民法の知識があると期待してはいけない。

オフィサーの職務は警察官のようにenforcement (=法を実際にとりおこなうこと)である。これは、特定の申請を審査するために必要な移民法の条項(というよりは所属部門の指示)に従って、決定を下すことだ。当然IRCCにもCBSAにも上級職はあり、専属の弁護士もいるが、ここでいうオフィサーはあくまでProcessing officerについてとする。

Discretionary Powers

これは日本語で自由裁量権と訳されるが、移民法の知識すら乏しいオフィサーに、与えられているこの権限が恐ろしいゲームチェンジャーである。

あらゆる申請においては、申請資格を満たすだけでなく、オフィサーを多数の観点から納得させなければならない。オフィサーが納得しなければ追加書類を求められたり、申請を却下されたりする。彼らは、非常に主観的で不公平な判断を下すことも決して稀ではない。

しかしオフィサーのDiscretionary Powerも、決して法律で決められていることに逆らうために存在するものではない。つまり、オフィサーが誤った判断を下す場合は、気まぐれや嫌がらせなどではないだろう(そしてそうあって欲しいものである)。おそらく、オフィサーが下した決定に関わる移民法の条項や規定を認識していない、また誤って解釈しているなど、honest mistakeを犯している可能性が高い。オフィサーによるミスであっても、一旦却下された申請者には、そうでない申請者にはない「傷がついて」しまうのだ。

 

結論

オフィサーが不当な決定を下した場合、申請者には何らかの法的手段をとる選択肢はあるが、厳密な意味でのappealの権利は、一般的な申請ではファミリークラスのカナダ国籍者、永住者であるスポンサーにしか与えられていない。外国人が唯一可能な法的手段は、移民局を相手取り連邦裁判所に訴えを起こすことであるが、これに掛かる時間と弁護士費用は、たとえ申請者に軍配が上がる結果になったとしても相当なものとなる。

有能な有資格者ほど、あらかじめ法的根拠の部分を提示して、オフィサーによる誤判断を極力避けたり、また、オフィサーに主観的な判断をされる余地を与えないテクニックを心得ている。

移民申請に関して、代理人を雇うかどうかを個人の基準で判断するのは大いに結構であるが、我々の職務が「誰にでもできること」という考えは、今日から改めて欲しいものだ。

シェフでなくとも料理はできるし、カメラマンでなくともアプリで綺麗な写真は撮れる。
それでも特別な日にはいいレストランに行って食事をし、結婚式の写真はプロのカメラマンに撮ってもらうのは、プロが素人には達成できないレベルのサービスを提供するからだ。

“An immigration application is a work of art”と考える私のような人間も少なからずいる。